Inverse care law (さかさま医療ケアの法則)

  • 2019.06.07 Friday
  • 11:55

 仙台で開催された日本老年学会に行ってきました。日本老年学会は隔年に、老年分野の7学会が一緒に集まって開催される規模の大きい学会です。6日の朝の老年医学会のシンポジウム1「高齢者の緩和ケア」で20分の講演をしました。翌7日早朝の仙台を1時間ほどジョギングした後、別会場の第34回日本老年精神医学会に一日参加しました。今回の老年精神医学会は大会長が、普段、オレンジほっとクリニック(地域連携型認知症疾患医療センター)で、大変お世話になっている東京都健康長寿医療センター(板橋)の粟田主一先生が大会長でした。粟田先生は尊厳と人権を基調におき、非常に広い視点で実践と研究をされ、東京都や国の施策に大きな影響力をもっていらっしゃる先生で、私も認知症ケアにおいて尊敬している先生のお一人ですが、その基盤が仙台での20年の医療活動や地域活動、研究にあったことを知りました。その大会長講演で、高島平団地の調査の概要を話されていましたが、大変印象深かったので紹介します。高島平団地の全戸調査では、高齢で家族の支援がない認知症の方は、認知症だけでなく、うつ傾向もあり、未来への希望をもてず、貧血などの多くの身体疾患をもっているが、経済的に困窮し、生活課題も多く抱えているにもかかわらず、社会とつながりがなく、支援もない状況が浮き彫りにされています。調査で認知症と分かった方で、認知症と医療機関で診断されている人は、たった3割、介護保険を利用している人はたった4割だったということです。このことを粟田先生が本田徹先生にお話しすると、それは「さかさま医療ケアの法則というんだよ」と教えられたと講演でお話していました。本田徹先生はシェアというNGOの代表で、私も20年前より存じ上げている尊敬している先生の一人です。

本田先生によると、Inverse care law(さかさま医療ケアの法則)というのは、英国臨床医、疫学者のジュリアン・ハート氏が、1971年に医学雑誌ランセットで提唱した考え方で、今では、WHO(世界保健機構)や英国系の医学・公衆衛生学界では通説となっています。「よい医療ケアの確保は、そのサービスが提供されるグループの医療ニーズが高いほど、反対に難しくなる傾向がある」というのがこの「さかさま医療ケアの法則」です。つまり、医療機関は自分のところを訪ねてくる患者さんだけを診ているだけでは、地域で何が起こっているかわからないのは当たり前なのです。

「助けて」を言えない人に、きちんと向き合うことは、私が最も大切にしている医療者としての信条です。私は、医師として外来、訪問診療、病棟で働く中でも、このことは年々強く感じるようになりましたが、実はこれを第一線で担っているのは、認知症疾患医療センターであるオレンジほっとクリニックです。なぜなら、現在の社会で生活問題を引き起こす最大の契機が認知症であるからです。オレンジほっとクリニックでは、地域包括やご近所からのSOSをうけてアウトリーチを行っています。アウトリーチとは定期の往診とは異なり、医療にアクセスできない人に、医療チームが訪問する医療活動です。SOSを出せないし、にわかにどうにもならないようなカオスティックな方やご家族に対しても、地域のスタッフとともに果敢にチャレンジしています。

そして、暮らしが立ち行かなくなり、絶望的になったとき、あるいはその前に暮らしを立て直すために、しばしば梶原診療所の病棟に入院していただきます。病棟では、医療と看護・ケアの総力を挙げてご本人の心身状況を改善し、暮らしを立て直すために家族とともに一緒に悩むわけです。

多くの患者さんや家族が、残念ながら採算性は低いけれども、医療生協らしいこれらの活動によって救われているという事実はプライスレス(お金では買えないほど極めて価値があるもの)だと思います。

「一人がみんなのために、みんなが一人のために」というのは医療生協の原点ですが、これからも医療生協という組織が、単なる仲良しクラブではなく、本当に困っている人に手を差し伸べ続けられる組織であり続けてほしいと願っています。

「認知症の緩和ケア」を発刊しました

  • 2019.05.27 Monday
  • 05:08

20年来の盟友である老年看護専門看護師の桑田さんとともに、認知症の緩和ケアという本を編集・発刊しました

今回の「認知症の緩和ケア」は、認知症の末期の苦痛だけでなく、行動心理徴候の緩和や合併症時の対応までを広く含んでおり、医療とケア(看護)を統合した視点で書かれた初めてのテキストになります。

平原以外には、オレンジほっとクリニックの田辺所長、中塚師長、柴崎臨床心理士、くらし相談室の小山ソーシャルワーカー、二人の認知症認定看護師(病棟の松尾師長とふれあい訪問看護師の住井看護師)も執筆しています。

専門職向けの本ではありますが、医療職はもちろん、介護職の方でも十分理解できる内容と思います。

添付の写真の一つは、この週末、京都の認知症ケア学会に出席した中塚看護師から送ってきてくれた写真です。学会の書店ブースで何と、売り上げ第2位とのこと。多くの方に関心をもっていただき、うれしい限りです

 

認知症による本はこれで3冊目です。6年前(オレンジほっとクリニックができる前)に、最初に発刊した認知症のステージアプローチもおかげさまでロングセラーとなっています。これは、認知症とご家族の旅に寄り添うメディカルホームとして、長い旅路に寄り添う専門職に必要な知識と技術をまとめたもので、ほぼ当生協の専門職だけで執筆したものです。家庭医や認知症認定看護師さんたちのバイブルとして長く愛用してもらっています。

地域包括ケアの真髄 

  • 2019.05.26 Sunday
  • 22:38

  5月17日第10回プライマリ連合学会・WONCA(プライマリケアの国際大会)で、「在宅医療とコミュニティー」というシンポジウムの座長をさせていただきました。今回のシンポジウムでは、シンポジストの筒井孝子氏の講演がとても印象的でした。筒井氏は、初期からの地域包括ケア研究会のメンバーで、まさに現在の医療政策のブレインのお一人です。

地域医療の第一線においては、超高齢期者が多病と複数の複雑な障害の連鎖の中で、医療の体制から言うとケアスパイラルの中で死を迎えるのが最も普遍的な死となり、もはや19世紀に生まれた近代医学を基礎に構築されている現在の医学では解決できない問題が山積していることを多くの医療者は気づき始めていると思います。私自身も新しい医学の構築の必要性を日々感じていますが、筒井氏のお話はこれに通じるもので、まさに「我が意を得たり」という内容でした。

人々の健康課題や医療の問題が変化していることは、もちろん医療システムにも矛盾が蓄積し、それがもはや限界にきており、あちこちにほころびが見えているのが、現在の医療制度と言えると思います。

私が勇気づけられたのは、地域包括ケアは、認知症を主病名とする晩期退行性病変を地域、社会の中心的プロブレムと考え、それに見合う医療システムを構築することを狙っているということ、同時に、多様性の社会が訪れる中で、患者個人の尊厳と価値に主軸をおいた新たな医療システムの構築を目的としていることを明確に述べられたことでした。

私たちはまさにこの問題を地域の最も重要な課題として20年前から取り組んできました。今ではオレンジほっとクリニックは、北区全体を支える認知症疾患医療センター(医療生協として唯一)として、行政や地域のステークホルダーと密接に連携し、地域全体になくてはならない施設になりました。また、認知症が肺炎などの急性期の疾患にかかり入院が必要になったときも、梶原診療所の病棟に入院していただき、一切身体拘束することなく、尊厳とその方の価値に根差した医療と看護を提供できていることも私たちの誇りです。

筒井先生の地域包括ケアの根源的な話をお聞きして、私たちが20年来取り組んできたことは、間違いなかったと確信しました。

2040 年には1,000 万人を超える 85 歳以上高齢者が、単身者も含め、地域生活を送ることになります。それは、単に医療・介護サービスの需要が増えることを意味するだけでなく、介護は必要なくても、生活のちょっとした困りごとを抱える高齢者がこれまでにない規模で増加することを意味しています。

多様性の社会が訪れる中で一人一人の価値に根差した医療を展開できるためには、認知症の旅に寄り添い、認知症の方と家族のメディカルホームとなる認知症疾患医療センターと、危機を支える病棟の機能をしっかり維持すること、加えて、ソーシャルワーク機能をさらに充実させなければならないと思います。

1年、2年の近視眼的な議論に終始して、未来を支える元を失うのは愚の骨頂です。

日本医学会総会のご報告

  • 2019.05.26 Sunday
  • 16:20

 2019年のゴールデンウイークの前半は、日本医学会総会2019中部(名古屋)で「超高齢社会におけるエンドオブライフ(EOL)ケアのあり方」というシンポジウムで講演してきました。

医学会総会は4年に1回開催される医学系の学会の頂点に位置する学会です。

4年前は、8年ぶり(2011年は東日本大震災のため中止となった為)に京都で開催され、地域包括ケアのシンポジウムの座長をさせていただきました。2007年まで日本医学会総会はほとんどが純粋に医学的な、分子生物学なテーマばかりで、地域医療や在宅医療、終末期医療の演題はほとんど見当たりませんでしたので、8年間で地域包括ケアや在宅医療をテーマにしたものが多くなり、まさに「病院の世紀から地域包括ケアの時代」への医学会の変化を映すものと感動した記憶があります。

さて、今回の名古屋では「超高齢社会におけるエンドオブライフ(EOL)ケアのあり方」というシンポジウムで、「高齢非がん疾患患者の緩和ケアの課題と展望」というテーマで講演をしました。今回は在宅医療というより、エンドオブライフケアなどのテーマが目立った気がします。

講演では、緩和ケア・エンドオブライフケアの歴史的なオーバービューと問題提起の役割でした。講演では、緩和ケアは、20世紀にがんで飛躍的に進歩し、学問として確立され、21世紀には非がん慢性疾患へ、そしていまや老年病のMultimorbidity時代に突入したことを報告したこと、医師をはじめとした専門職も、市民の意識も、政策それぞれ課題についてお話させていただきました。

 シンポジウム終了したその日にとんぼ返りをしましたが、マイブームの医学史展を見学し、その後、名古屋大学で、病棟の立ち上げで尽力してくれた金盛さん(現在は名古屋大学博士課程在籍)とセミナーの打ち合わせで久しぶりにお会いし、帰京しました。

コンフォートフィーディングとお食い締め 〜朝日新聞の記事掲載の解説〜

  • 2019.05.05 Sunday
  • 13:23

 人は生まれてからずっと、身体の372千億(従来60兆と言われていたが正確には37兆程ということが最近わかっています)の細胞全てに、滞りなく栄養素を送り続けなくては生きていけません。一方で、命の終わりが近づいた時にも、苦痛を伴う管や点滴などの医療行為を行ってでも、何が何でも必要な栄養を身体に送り込まなければならないという考えに固執することで、ご本人の穏やかな時間を奪い、かけがえのない人生最期の時間をだいなしにすることが少なからずあり、大きな問題になっています。

 平成の最期週の426日(金)朝日新聞朝刊の「患者を生きる」シリーズにコンフォートフィーディングの考え方についてご紹介いただき、翌週の令和元年(51日)に、「老いとともに 食支援」の紙面にも続けて掲載していただきました(記事参照)。

コンフォートフィーディングは2010年頃より欧米で広がりつつある終末期の食についての考え方です。認知症や老衰で終末期を迎えつつある患者さんに対して、必要な栄養を無理やりに入れるということではなく、十分な栄養量でなくても、安楽で安全に食べる行為を継続することそのものに、食べることを楽しむことや食を通して人と交わりあうことに大きな意味があるという考えにたち、終末期の食についてのパラダイムシフトを提唱するものです。そして、コンフォートフィーディングを実践するには、正確な摂食嚥下評価、徹底した口腔ケアとSkilled feedingと言われる熟練した食事介助が重要になりますので、まさに医療・介護がチームとなってかかわることで最大の結果が得られるものです。

3カ月ほど前に、朝日新聞の田村記者から1時間程の取材をうけ、是非多くの皆さんに知っていただきたい考え方として、このコンフォートフィーディングについての考え方をお伝えしました。同時に、コンフォートフィーディングに類似した食についての考え方で、昨年まで当院で在宅専門医の研修をしていた宇藤医師が熱弁していた牧野日和氏(言語聴覚士)の「お食い締め」(お食い初めならぬ)の考えもあわせてご紹介しました。日本人にはこちらの言葉のほうが、親しみやすいかもしれませんね。

日本人の死亡のピークは男性87歳、女性92歳となり、超高齢期のほとんどの人は最期は食べられなり、亡くなっていきます。そんな中で、最期までどのように安全に、楽しみのための食を続けてもらうか、最期まで食をどう支援するかは、間違いなく日本の医療・介護現場でも最大の課題の一つになってきています。

このことは、チームかじわらでも大きな関心事です。部門をまたいだ栄養・食支援チームや嚥下(飲み込み)評価のための入院など医師、看護師、言語聴覚士、栄養士、介護職など多くの専門職がこの課題に取り組んでいます。(食べることに困ったらいつでも相談してください)

ただ、食べられなくなった時どうするかについては、医療者は徹底的に支援することはできますが、最終的に医療者が決めてくれるわけではありません。なぜなら、限られた命をどう生きるかはもはや医療の問題ではなく、価値観や生き方の問題となるからです。まさに、自分事として身近な家族(方)と事前に話し合ったり、自分の考えを十分伝えておくことも、自分の身体の主としての自分の役割だと思います。



 

北区在宅医療多職種連携研修 

  • 2014.12.14 Sunday
  • 22:56
 今日は北区在宅ケアネット主催、北区在宅医療多職種連携研修の第5回でした。平原らが開発にかかわった柏プログラムのモジュールのすべてを半年で行う研修会で、医師会をはじめ、北区の各団体から推薦された54名が研修をうけています。1回目から、認知症、摂食嚥下、栄養、リハビリときて、今回のテーマは褥瘡です。
 講師は昨年に引き続いて、モジュールの開発者である鈴木央先生にきていただだきました。難しい内容をとてもわかりやすく、話してくださり、多職種の褥瘡の理解が格段に深まったように思います。
 ちょうど先週、鈴木先生のお父様、鈴木荘一先生がご逝去され、明日告別式という中でしたが、快く来ていただき、本当にありがとうございました。
 ちょうど、昨日在宅医療の黎明期の話を少し書きましたが、先んじてホスピスを紹介され、プライマリケアの礎を作り、かかりつけ医在宅医療の在り方を示された鈴木先生のお父様(荘一先生)は、まさに在宅医療の草分けであり、巨星でした。
 そのプロフェッショナリズムやスピリッツがめんめんと受け継がれていると感じた日でした。
 次回の研修会は1月18日午後1時から、北区医師会館で緩和ケアのモジュールと修了プログラムを行う予定です。

ビッグスリーとの対談

  • 2014.12.13 Saturday
  • 16:17
 昨日、東京大学高齢社会総合研究機構の辻哲夫先生、前国立長寿医療研究センター総長の大島伸一先生、現総長の鳥羽研二先生と雑誌の対談でご一緒しました。お三人とも、日本の未来を見通して、確信をもって発信、行動できる数少ない方々であり、いつも多くの事を教えられます。
 対談は、在宅医療の原点という話から始まりました。ちょうど、2016年7月に私が主管する日本在宅医学会大会(在宅ケア学会との合同大会)の統一テーマが、「在宅医療とケアの原点」に決まったので、私なりに近代的在宅医療の歴史をひもといていたところでした。近代的在宅医療の黎明期は、病院全盛時代に重い障害をもった方や治癒しえない末期の病を持つ方々が、自分らしく地域で暮らしたいというニーズにこたえた先人たちによって、形づくられたと認識しています。
 私が在宅医療を始めた90年代前半は、佐藤智先生、黒岩卓夫先生、鈴木荘一先生、増子忠道先生、早川一光先生など在宅医療の巨星がいらっしゃいました。90年代に在宅医療をはじめ、彼らの実践をひきつぎ、今の在宅医療の形を構築してきた人たちは第2世代と呼ばれています。私は94年に設立した在宅医療を推進する医師の会の中で、ライフケアシステムの佐藤智先生から、在宅医療のノウハウのみならず、そのスピリッツを学びました。確かに、この間在宅医療のテキストをつくり、研修システムを作り、私たち題2世代は在宅医学の器を作ってきましたが、そのスピリッツを次の世代に伝えられているだろうか?と思うこともあります。
 在宅が医療の第三の場と定められた92年以前に、近代的在宅医療の礎をつくってきた黎明期、92年から在宅医療あんしん2012が打ち出され、在宅医療元年といわれた2012年までを在宅医療の創設期、そして地域包括ケアにむけて大きく梶をきった2012年以降の成熟期に分けられます。近代的在宅医療は明らかにセカンドステージに入ったわけです。
 今回の対談で、辻哲夫先生が、地域包括ケアは、独居高齢者が自宅や地域を中心に生活できることを想定した在宅医療のシステム化であり、コンパクトシティを目指すべきものであると明言されていたのは印象に残りました。対談は、地域包括ケアやこれからの日本のあり方などにもおよび、興味深いものでしたが、それらはまたの機会に・・・